私のスーツ観

はじめまして。Lv.99オーナーの水本慎太郎と申します。
たくさんのオーダースーツ店の中から、わざわざお越しいただき誠にありがとうございます。
これも何かのご縁ですので、もしよろしければ少しだけ、私のスーツ観について話を聞いていただけないでしょうか。
スーツを紐解く旅
スーツは男性が一番格好良く見える服です。そしてそれはなぜなのか。そこから私の、スーツを紐解く旅が始まりました。
一言で語るには重厚過ぎる内容なので、今後徐々にお伝えしていくこととなりますが、スーツの格好良さの源泉は、王族や貴族が”ギリシャ彫刻のアポロンのような肉体になりたい”という欲望を形にしたものだと考えます。
自分のスタイルを補完する機能としての衣服。勿論その他さまざまなルーツや意味合いはありますが、この「自分を格好良く見せたい」というパッションが根底に流れているからこそ、その後数百年に渡って改良されつつも基本構造は大きく変わらない、スーツという驚異的なプロダクトが誕生したのだと感じます。
なので、基本的にスーツスタイルは、格好良いことがアイデンティティなのです。
スーツへの誤解
中世においてドレスコードは法律でした。マナーとか生温いものではなく、破ると罰を受けるのです。身分や職業で、着て良い服や着てはダメな服が規定されていました。
現代日本において、服装の命令があることと言えば、刑務所か学校の制服、そしてビジネスマンのスーツスタイルくらいなものでしょうか。
人に命令されて、強制的に着せられる服に魅力など有りません。だから制服やスーツは、いやいや着る服の代表選手なのです。
しかもメンズスーツは結構高価な品です。どんなセール品でも2〜3万円はします。着たくもない服にそんなに支払うなんて、スーツのことが嫌いになるのも仕方がありません。
でも、本当はスーツは格好良いもののはずです。皆が競いあって、自分のドレスアップした姿をアピールしたくなるもののはずです。一体どこでボタンを掛け違ってしまったのでしょうか。
恐らくは、スーツを着た鏡の中の自分を見て「あれ、格好悪いな」と感じてしまったからではないでしょうか。スーツが似合わない自分を直視してしまったのです。それを毎日着て社会に出るなんて、罰ゲームのようなものです。
自分にはファッションセンスなんてない、モデル体型でもない、だからスーツは似合わない。そもそも服に興味なんてない。そう思っているビジネスマンが、どれだけたくさんいることでしょう。スーツスタイルを格好良くしよう、なんて発想はそもそも生まれないのです。
なにしろ若い頃の私がそうでした。このような考えでしたから、とにかくビジネスマンの制服としてスーツを着ておけばいいや、とスーツに対して全く無頓着でした。でも何の問題もありませんでしたし、間違っていたとも思っていません。
目から鱗の瞬間
そんな私が、こんなにスーツにハマってしまったのは一体なぜなのか。理由はいろいろあるのですが、そのうちのひとつが「構造を知ってしまった」からでした。
上手く説明出来ないのですが、何か物事にハマる時って、構造を理解し始めた時のような気がするのです。
今まで楽譜を読めなかったのに、和音の仕組みを知って急に理解が深まったり、レシピ通りに作ったら急に料理が美味しくなったり、テキサスホールデムの定石を知ったら急に勝率が上がったり、プラグの番手を変えたら吹け方が変わって興奮したり。そんな、目から鱗が落ちる瞬間に、人は物事にハマるのではないかと感じています。
私はメンズスーツが数少ない「正解がある服装」であることを知りました。これはセンスを必要とせずともルールで格好良くなれることを意味します。そんな服装は他にあまりありません。
勿論その基礎を理解した上で、オシャレに着るには相当のセンスが必要です。でも基礎を知っていれば、男性ならば誰でも格好良くなれるのです。その為の服装がスーツスタイルなのです。僕はそれを知った時に、目から鱗がぽろぽろと落ちました。
サイズの重要性
その鍵は「サイズ」です。サイズさえコントロールできていれば、どんな安価な生地でも格好良く見えます。逆に言えば、どんなに高価な生地でも、サイズがコントロールできていなければ「スーツが似合わない自分」から脱却することはないのです。
日本のスーツはさまざまな体型に合うように、JIS規格でサイズが制定されており、基本はバストとウエストの差がどのくらいかでパターンが作られています。日本人の統計的な体格を元に設計されていますが、基準値から大きくしたり小さくしたりのサイズ変化は、工業製品的に2センチずつとか、ある意味「架空の体型」となっています。
そもそも衣服のサイズは大体2センチ刻みで変わっていたりするのですが、つまり衣服の2センチとはワンサイズ変わるくらい大きな変化だということであり、見た目や着心地は5ミリや1センチの調整が必要であることを意味します。そのくらい、人の感覚は鋭敏なのです。
少し乱暴に言うと、統計的に設計したサイズにピッタリ合う人はラッキーであり、既製服しか着たことない人は、本当に自分にジャストサイズの服を着たことがないのかも知れません。
既製服の限界
スーツを格好良く見せる鍵はサイズですが、既製服ではパンツの裾を直すか、良くてジャケットの袖の丈を直すくらいしか調整できません。ということは、ジャストサイズを着られるラッキーな体型の人以外は、サイズ感が怪しいスーツを着るしかないのです。
よく昔の時代のスーツ姿の写真を見ると、あれ?凄く格好良いな、と感じることはありませんか。それには理由があります。昔はスーツはとても高価な品であり、全てオーダーで仕立てていました。つまりその人にジャストサイズのスーツなので、とても似合っているから格好良く見えるのです。
それが近代の工業製品化により、安価な既製服スーツが生まれ、サイズが合わないスーツを着たビジネスマンが大量に誕生してしまいました。
だからと言って、みんなフルオーダーの手縫いのスーツを着るべきだ、とは思いません。フルオーダースーツとはひとりひとりの型紙をゼロから起こし、仮縫いをして更にサイズを追い込んで仕上げていく、非常に嗜好性の高い逸品です。安くて30〜40万円くらいから、高くて100万円くらいします。そのほとんどが工賃であり、これはやはり貴族の衣服です。
パターンオーダーの可能性と課題
そこで、格好良いスーツを着る現実的な選択肢は「メイドトゥメジャー(MTM)」しかありません。日本ではパターンオーダーと呼んでいますが、この領域には、実は大きな振れ幅が存在しています。
オーダースーツ市場は現在好調であり、既製服スーツ市場が縮小しているのと正反対の動きをしています。大手紳士服メーカーも、並行してパターンオーダーのブランドを展開しています。
オーダーで仕立てると、サイズが合った格好良いスーツが作れることに人々が気づき始めたと言うことであり、とても素晴らしい状況です。しかしながら、そこに販売する側の技術力が伴っていない状況であることは、あまり好ましくない厳しい現実です。
服飾学校の卒業生は、デザインや縫製といった「服を作る側」に進むことが自然ですが、マーケティングや販売方面に進む人もいます。しかしその多くはレディスであり、メンズの販売、ましてやオーダースーツのフィッターを最初から志す人は、ごく稀だと思われます。服飾学校のカリキュラムにおけるメンズウェアに関する情報量の少なさがそれを物語っています。
つまり、お客様と直接対応をする店頭でスーツの採寸をしている担当が、服飾の専門的教育を十分に受けていない可能性があるのです。
技術の壁
採寸技術は訓練を積めば習得できます。しかしそれはあくまでもテクニカルなことであり、そこで採寸した担当者が、その値を型紙にどう反映させるのかを理解できていなければ、着心地と見た目が良いスーツを作ることは、少し難しいかもしれません。
ひとりひとりの型紙をゼロから作らなくても、いくつものサイズ違いを事前に用意したものの中から一番近い型紙を使ってスーツを作るメイドトゥメジャー(パターンオーダー)は、合理的と言えます。でもそこでパンツの裾丈とジャケットの袖丈を反映して、好きなボタンを選べるという程度ならば、それは既製服をお直しするのとあまり差はないのです。
スーツの構造上、胸幅を変えるとアームホールの大きさも変わるので、袖の幅も変わります。逆もまた然りで、お客様に「もう少し袖を細くしたい」と言われて袖幅を変化させると、知らない間に胸幅も変わっていたりします。検品時に気づいて、指定通りになっていない、と現場から工場にクレームを入れるかも知れません。でも縫製する側は、修正すると他の箇所も連れて変化するのは当然だと思って対応をしているので、今更何を言っているのだ、と思うことでしょう。でももうお客様が受け取りに来てしまう、そうなると、今更やり直しはできないので、そのまま押し通して納品してしまうケースも、ないとは言い切れません。この悲劇は、採寸担当がスーツの構造を理解しない限り、永遠に続きます。
日本国内にあるスーツ縫製ができる工場はある程度決まっており、有名ブランドのスーツも、零細個人事業店舗のスーツも、同じ縫製工場で縫われているということは多々あります。大手紳士服チェーンがやっているオーダースーツ店であれば、縫製工場が管理下にあるので、型紙の仕様の把握は可能ですが、個人経営のパターンオーダースーツ店だと、縫製工場の型紙の仕様を知ることはほぼできません。通常、そのような情報開示を行わないからです。この仕様を把握しないで補正を入れると、想像もしていないようなサイズの変化が発生します。なので、クレームの元になるので補正は一切しないという店舗もあると聞きました。
私の取り組み
私は幸いにしてJOSSCAというオーダースーツのギルドのような団体に所属していることで、通常開示されない縫製工場の仕様を把握できたり、こんな零細店舗では取引できないような超大手商社と取引ができたりしています。また外部生として文化服装学院に通い、メンズウェアに関する技術や知識の習得に努めたり、JOSSCA主催の技術講習会に参加するなどして、自己研鑽に励んでいます。
知れば知るほど、スーツの深みにハマっていきます。単にスーツに限らず、服飾の歴史や、糸や織物といったテキスタイル、裏地やボタンといった副資材、そしてクリーニングにまで興味が広がっていき、もう止まりません。私はもういい歳なのですが、まさかこんなにハマるとは思いもよりませんでした。
未来への展望
インプットとしては、死ぬまでに一体どこまで服飾の世界を極められるのかを愚直に突き進むのですが、アウトプットとしては、世の男性に、自分に合ったスーツをまとうことでレベルアップする感覚を得てもらいたく、その啓蒙や仕掛け作りに励むこととします。私が手がけたスーツを着た人が、自信や威厳も一緒に身にまとい、困難な目標をどんどんクリアして、その人の夢が叶うお手伝いをする。それが私のミッションです。
できればこの先、手縫いをはじめとした更なる製造技術を身につけ、自分の店舗でフルオーダースーツが提供できるようになり、いつかは特級紳士服製造技能士になることを夢見て、これからも日々精進いたしますので、応援していただけましたら幸いです。
私の手がけるスーツにご興味ございましたら、お気軽にお問い合わせください。
原宿キャットストリートにある店舗は、3人も入れば満員の小さな古い木造アパートの小部屋です。フィッティングは完全予約制ですので、土日や平日夜のご都合よろしいお時間で、ご予約お待ちしております。ぜひ私にあなたの夢を叶えるお手伝いをさせてください。
Lv.99
代表
水本慎太郎